既知は既知でしかない。
文化系トークラジオLife、毎度毎度本放送の時間は仕事して
るか、寝ているかなのでポットキャスティングで聴く。先日の
放送は「未知との遭遇2009」。予告編を聴いているときに、
膝を叩きました(早く全部聴きたい。パート2まで)。
「俺、こういうの聴きたかったの」という内容だったんです。
※ ※
自分が知らないもの(未知)に対して、どうふるまうのか。
自分が知っているもの(既知)だけで、いいのか。
「既知のもののほうが人を安心させてくれるし、そっから考え
ていったほうが生きやすいのかもしれないんだけど」
「びっくりしたくないっていう人が増えている」
「好奇心みたいなものをどんどん喪失していっている」
と、予告編で佐々木敦さんがおっしゃっている。
既知なものから来る安心は確固たるものだと思う。だって、
知っているから、いいと思っているから。損はしないから。
楽しめるから。無駄がないから。
でもですよ、知っているものごとは世の中にあるものの何
パーセントなんでしょう。ほんと、1%もあるかどうか。自
分の中で「既知化」したものは、大した量じゃない気がする
んですよね。
ちゃんと引用できないのだけども、美輪明宏さんが先輩に
「ラジオのどの局に回しても楽しめるような人になりなさい」
と言われたんだそう。これ、とある女性誌でインタビューさ
れていたものなんだけど、これを読んだときも膝を打った。
宮崎駿さんが「個性」の話をしていたことを思い出したか
らなのです。宮崎さんが言う「個性」というのは、「人と語
れるか」ということ。誰かが、たとえば物まねができるとい
うことは「個性」ではなく、「特徴」なんですね。ラジオの
局を「人」に置き換えれば、それが「個性」。
※ ※
知っているものだけで安心をしてしまうのは、その知って
いる「個性」でしかない。安心をしている中で生活をしてい
くということになる。安心の外にあるものは、言ってしまえ
ば「敵」。
しかし、しかし、どきどきするというのは、「知らない」
からするんでしょう。どうなるかわからないから。
どうなるかわからないから、楽しいと思うんですよ。そう
いうものがたくさんあるほうが、明日が来るのが待ち遠しく
なる。登ってくるおてんとさんも、そう考えていたほうが登
ってきたかいがあるぜって思ってるんじゃないか。そう見え
るんじゃないか。
世の中は未知だらけ。だから、楽しい。
どんどん触れろ。未知で満ちあふれている道を。
指が黒くなったっていいじゃん。
文字が書けるよ。
指を切ったっていいじゃん。
つばつければ。
いろんな人としゃべれるのって楽しいじゃん。
そんなこと恐れてどうするんだい?
ただ、友だち100人作りたいからなんてことは思ってな
いんです。んなこと、できるわけがないから。誰にも優しく
したいけど、できないんだもん。
なーんか、うまくまとまってないなぁ。
まあ、いいか。
あれなんですよ、未知なものに触れたいから、仕事をどん
どんしてしまうんです。俺を邪魔する人はたぶん、未知なも
のに触れたくないんでしょう(と、昨日の日記に結びつけて
みたりして)。
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